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私の愛着障害

── 自分を責めることから、自分を理解することへ ──

私は長い間、人間関係の中で生きづらさを抱えてきました。

人との距離の取り方が分からない。

人を信じたいのに、信じることができない。

人とのつながりを求めながら、その関係の中で苦しくなってしまう。

感情を抑え込んだかと思えば、時には強く表してしまう。

そして、うまくいかないことが起きるたびに、

「自分の性格に問題があるのではないか」

と、自分自身を責めてきました。

「愛着」という言葉との出会い

2022年、私は「愛着」という考え方に出会いました。

それをきっかけに、私は自分の幼少期から現在までの人生を、あらためて振り返るようになりました。

なぜ私は、人との関係を築くことがこれほど難しかったのだろう。

なぜ人とのつながりを強く求めながら、その関係の中で傷つき、時には相手を傷つけることもあったのだろう。

それまで「性格の問題」と考えていた自分自身を、愛着という視点からもう一度見つめ直してみることにしました。

幼い頃の私を振り返って

私は幼い頃、両親だけでなく、複数の人に養育されていました。

一歳半頃から四歳半頃までは、住み込みで私を育ててくれた乳母がいました。

長い年月が経ってから、その方に当時のことを聞く機会を得ました。

私自身には幼い頃の記憶がほとんどありません。

しかし、当時の話を聞き、自分のその後の人生を振り返る中で、乳母との間には、私にとって安心できる関係があったのではないかと考えるようになりました。

そして、その人との別れ、その後の家庭環境、両親の関係や家族の変化など、幼少期から経験してきたさまざまな出来事が、自分の人との関わり方にどのような影響を与えてきたのかを考えるようになりました。

私は現在、これらの出来事の一つだけを取り上げて、

「これが原因だった」

と断定することはしていません。

ただ、自分の人生を時間をかけて振り返ることで、それまで理解できなかった自分の心の動きが、少しずつ見えるようになってきました。

「なぜ、そうしてしまったのか」

社会人となり、家庭を持ってからも、私は人間関係の中で多くの問題に直面しました。

自分では正しいと思っていたことが、相手を傷つけていたこともありました。

自分を守ろうとして取った言動が、結果として大切な人との関係を悪くしてしまったこともあります。

以前の私は、そのたびに、

「自分はなぜこんな人間なのだろう」

と考えていました。

しかし、自分の人生を振り返る中で、問い方が少しずつ変わっていきました。

「自分の何が悪いのだろう」ではなく、
「なぜ、自分はそうせざるを得なかったのだろう」

と考えるようになったのです。

もちろん、過去に理由があれば、人を傷つけた言動が許されるわけではありません。

自分の言動については、自分自身が向き合わなければなりません。

それでも、その背景を理解することは、同じことを繰り返さないための一つの手がかりになると、私は考えるようになりました。

安心できる人間関係を知る

自分自身を振り返る過程で、もう一つ気づいたことがあります。

それは、安心して自分の気持ちを話すことができる人との関係の大切さでした。

自分の気持ちを否定されずに聴いてもらうこと。

分からないことを一緒に考えてもらうこと。

そして、自分自身も相手の気持ちを理解しようとすること。

そうした関係を経験する中で、私は人との関わり方について少しずつ考え直すようになりました。

私にとってこれは、過去を消すことでも、以前とはまったく別の人間になることでもありません。

これまでの自分を理解しながら、これからの人との関わり方を少しずつ学び直していく過程なのだと思っています。

私は、この過程を**「修復」**と考えています。

私の経験は、私一人のものです

ここまで私自身のことを書いてきましたが、私の経験が、そのまま相談に来られる方に当てはまるとは考えていません。

育った家庭も、経験した出来事も、感じ方も、人それぞれです。

同じような出来事を経験しても、その受け止め方や、その後の人生への影響は異なります。

ですから、私は自分の経験をもとに、

「あなたも同じです」

と決めつけることはしたくありません。

私自身の経験から学んだことがあるとすれば、それは、

人の生きづらさには、その人にしか分からない背景がある

ということです。

だからこそ、まず、その方のお話を聴くこと。

その方が、どのような人生を歩んでこられたのかを知ること。

そして、すぐに答えを出そうとせず、一緒に考えること。

私自身が長い時間をかけて自分を理解しようとしてきた経験も大切にしながら、一人ひとりの異なる人生に向き合っていきたいと考えています。

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